大阪高等裁判所 昭和48年(行コ)38号 判決
大阪市城東区野江東之町一丁目四八番地
控訴人
城東税務署長
多田正友
右指定代理人
細井淳久
同
秋本靖
同
岸田富治郎
同
吉田秀夫
同
祖家孝志
大阪市城東区今福南一丁目一五二番地
被控訴人
山本悦司
右控訴代理人弁護士
野村清美
同
安保晃孝
主文
原判決を取消す。
被控訴人の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実
第一、求める裁判
(一) 控訴人
主文と同旨。
(二) 被控訴人
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
第二、当事者双方の陳述、証拠の関係は、次に記載する外、原判決の記載を引用。
(一) 控訴人の陳述
(1) 原判決には、本件土地の貸借関係が賃貸借であるのに拘らず、使用貸借と認定した点に事実誤認の違法がある。
(イ) 原審認定の事実中、若葉石油商会や大金石油とヨシエとの間で本件土地の使用関係について、契約書の作成されなかつたこと、昭和三六年一二月二二日以降の金銭授受並びに大金石油における帳簿及び確定申告の各事実については、原判決判示のとおりである。
しかし、若葉石油商会において昭和三九年九月頃まで、大金石油において昭和三六年一二月二二日までの間、ヨシエから本件土地代金の支払いの請求を受けず、本件土地を無償使用していた旨の判示は事実に反する。
(ロ) 控訴人は、以下述べる事実から、被控訴人は本件土地を大金石油に賃貸し、本件各金員を賃料として支払われたものであると考える。
(A) 被控訴人は、大阪市内にある約三〇〇坪の一部約一〇〇坪を、ドラムかん置場に使用する目的で、大金石油に使用させたものであるところ、被控訴人の父山本重治は、サナヱの当時の夫金高悦二の友人某の友人ということであり、サナヱと重治ないしヨシヱとの間は本件土地の貸借関係以外は無関係で、本件土地を無償で貸す程の親しい間柄にはなかつたこと。
(B) 乙第四、五号証によれば、大金石油の会計帳簿には、本件各金員は賃料として支払われた旨記載され、乙第三号証及び証人サナヱの証言によれば、本件金員が授受された以前においても本件土地の地代が支払われていること。
(C) 被控訴人は、原審において、本件金員が債務の弁済として支払われていた旨虚偽の主張をしていること。
(D) 本件各金員は、年間一二万円というかなり多額なもので、単なる謝礼とは到底考えられず、本件土地使用の対価と認められること。
(E) 被控訴人は、昭和三八年に大金石油が本件土地から退去した直後から、本件土地を含む約三〇〇坪の土地を、建設資材置場として使用する目的で協和電設株式会社に賃貸し、月額九万円の地代を受取つていること。
(F) ヨシヱは、原処分担当者森喜一に対し、本件各金員は本件土地の賃料として受領した旨述べたこと(証人森の証言)。
以上述べたところから、本件各金員は、本件土地の賃料と認められるのに拘らず、これと結論を異にする原判決は、採証法則及び経験則の適用を誤つた結果、事実の誤認をしたものである。
(2) 株式会社大金石油商会は、被控訴人に対し、被控訴人から本件土地を借用していることを理由に、左記のとおり金員を支払つている。
(イ) 昭和三六年一二月二二日一〇万円 (乙三号証)
(ロ) 昭和三七年 一月一〇日 三万六、〇〇〇円(乙三号証)
(ハ) 昭和三八年 四月二四日一二万円 (乙四号証)
(ニ) 同 年一二月二七日一二万円 (乙五号証)
右各金員は、いずれも借賃であつて、左記の通りに解すべきものである。
(イ)、(ロ)、の合計一三万六、〇〇〇円の内
一万六、〇〇〇円は、月額八、〇〇〇円で昭和三五年一一、一二月分、一二万円は、月額一万円で昭和三六年分、
(ハ)、は月額一万円で昭和三七年分。
(ニ)、は月額一万円で昭和三八年分。
本件土地(乙一五号証の三)の近傍類似の土地(乙一五号証の四)の昭和三六年、三七、三八年当時における地代又は借賃は、坪当り少くとも三〇円ないし七〇円であつた(乙一四号証の一、二、一五号証の一ないし四)。
本件土地は、約一二〇坪である(乙二号証)から、前記昭和三六、三七、三八年分の借賃と解すべき金額は、いずれも坪当り約八三円であり、この金額は、本件土地が広い道路に面していること、一時使用の目的であつたこと、権利金、敷金等の授受が認められないこと等から、借賃としては相当とすべき金額である。
以上によれば、本件土地については、賃貸借契約が成立していたものと解すべきであるが、仮りに、明示の賃貸借契約が締結されていなかつたとしても、黙示の賃貸借関件が形成されており、本件土地の使用と前記各金員の支払との間には、少くとも客観的には、対価関係が認められる。
(3) 本件各一二万円の弁済充当について
原判決は、山本ヨシヱが、昭和二九年に金高悦二に対し金二五万円を貸与し、その返済を受けないままでいた旨認定したが、乙第一二号証によると、右貸金は合計二〇万円であり、金高悦二が、昭和三二、三年頃までに返済して、既に解決している。
右認定の貸金債権は、山本ヨシヱが金高悦二に対して有するもので、被控訴人が大金石油に対して有するものではない。
乙第一六、一七号証によれば、大金石油の山本建具に対する別途の借入金の支払利息は、明確に記張されており、大金石油の代表取締役たる藤田サナヱとしては、大金石油の本件土地の借賃として支払つた本件各一二万円が、前夫の同女に隠れてなされた古い借金の弁済に充当されることを、元金額も確かめず承諾する様な杜撰な意識であつた筈はない。
即ち、藤田サナヱの証言によれば、同人が大金石油を経営するようになつてからは、月額八、〇〇〇円位の割合で、本件土地の借賃として支払つており、大金石油としては、金高悦二の若葉石油商会の債務は引受けておらず、その弁済もしていない、とのことであるから、本件各一二万円の支払が、何れも大金石油の帳簿に「地代」として記載されたこと(乙第四、五号証)は、正しく実態に即したものであり、藤田サナヱが、右の如き弁済の充当を承諾する意思のなかつたことを表わすものである。
よつて、藤田サナヱが、山本ヨシヱの「金高悦二に貸金がある」旨の主張に対して、黙していたとしても、直ちにそれを以て、大金石油が被控訴人に対して支払うべき本件土地の借賃が、山本ヨシヱの金高悦二に対する貸金の弁済に充当されることを承諾したもの、と解するのは誤りである。
証人藤田サナヱの原審での証言中に「黙認」とあるのは、「黙示の承認」を意味するのではなく、「黙して放置していた」ことを意味するものである。
更に、藤田サナヱの証言によれば、山本ヨシヱは、本件各一二万円を、大金石油の被控訴人に対する本件土地の借賃として一旦受領した後に、山本ヨシヱが金高悦二に対して貸金のあることを注意的に主張したに過ぎない。
以上の次第で、仮に、山本ヨシヱが、本件各一二万円を自己の金高悦二に対する貸金の弁済に充当する旨述べたとしても、その意思表示は無効である。
(4) 不動産所得たることについて
本件土地の使用関係は、少くとも黙示の賃貸借関係であるから、被控訴人は、前記の合計一三万六、〇〇〇円と同様に、本件各一二万円を大金石油から受領し得る権利を有する。従つて、本件各一二万円は、本件土地の貸付に因り被控訴人に帰属すべき所得である。
仮に、本件土地の使用関係が使用貸借契約であり、被控訴人が大金石油から受領した前記の合計一三万六、〇〇〇円が、謝礼としての贈与であつたとしても、右金員は、旧所得税法九条一項に所謂不動産の貸付に因る所得に該当する。
即ち、旧所得税法九条一項三号によれば、「不動産所得」とは、「不動産・・・の貸付(・・・他人をして不動産・・・を使用せしめる一切の場合を含む。)に因る所得(事業所得及び護渡所得を除く。)」である。
右によれば、不動産の「貸付」は、賃貸借に限定されず、「貸付に因る所得」も、税法における実質主義(旧所得税法三条ノ二)から、貸付と所得との間に、当該貸付がなければ、当該収益も亭受し得なかつた、という程度の因果関係が存すれば足りるのであつて、厳密な意味における対価関係が存することを要しない。従つて、「不動産の貸付に因る所得」には、不動産の賃貸借契約に基づく借賃のみならず、不動産の使用貸借であつても、それとの間に右の如き因果関係を以て受領した金員も含まれると解せられる。
この意味において、本件土地の使用貸借と右一三万六、〇〇〇円との間には、前述のように、本件土地の貸付がなければ右金員の授受もない、という関係があるから、右金員は、本件土地の貸付に基因して被控訴人に帰属すべき所得である。
そして、本件一二万円についても、その性質は、右と全く同様であり、それは、大金石油から本件土地の使用の対価として被控訴人に対して提供されたものであつて、被控訴人が右貸付に基因して受領し得るもの、即ち不当利得とならないものである。
以上のとおり、本件各一二万円は、本件土地の貸付に因り、被控訴人に帰属すべき所得であり、仮に、被控訴人の母である山本ヨシヱが、勝手にこれを第三者たる金高悦二に対する貸金の弁済に充当する旨述べて受領し、被控訴人にこれを引渡さなかつたとしても、その意思表示は、何らの効果を生ずるものではなく、本件一二万円の右性質に、何らの影響を及ぼすものではない。
(5) 山本ヨシヱは、本件昭和三七年、三八年当時にも、大金石油に対して金を貸し、手形割引等をして、利息や手形割引料を受取つており(乙一六、一七号証)、金銭の出入については、専ら同女が関与し、帳面をきつちりつけていて、金銭についてはきつちりしていた(証人山本重治の証言)のであるから、貸金の返済を受ける際には充当関係を明らかにし、約束手形を返還するか領収書を発行するという様な常識(法律知識という程ではない)に乏しい筈はないし、他人委せも、ルーズな処理も、あり得ないことである。
従つて、ヨシヱが、本件各一二万円を受領する際に、貸金の元本と利息の間の充当関係を明らかにせず、また、本件各約束手形の返還も領収書の発行もなさなかつたことは、ヨシヱの金高に対する貸金が既にすべて返済されていた(乙一二号証、サナヱの当審での証言)からであると解する。
よつて、ヨシヱは、被控訴人の代理人として本件各一二万円を、大金石油の代表取締役としてのサナヱの意思表示の通り「地代」として受領したと認定する外ないものである。
(二) 被控訴人の陳述
(1) 被控訴人と株式会社大金石油商会との間の本件土地の貸借は使用貸借である。
被控訴人の父母である山本重治、同ヨシヱは、山本重治の義兄弟である西川政五郎の仲介で、その友人である若葉石油株式会社の代表者金高悦二に、本件土地をドラムかん置場として使用させた。この土地を使わせるにつき、賃料とか使用料等は貰つておらず、その土地を使わせるについて取り決めを何もしておらず、その土地の使用は使用貸借であつた。
山本重治、同ヨシヱ夫婦は、本件土地のみでなくその所有していた他の土地も、当時塚本マサロウその他の者に無償で使用させていたのであつて、山本夫婦が本件土地を大金石油に無償で使用させていたとしても敢て異とするに足りない。
(2) 大金石油の本件各金一二万円の支払は、金高悦二の山本ヨシヱに対する債務の弁済である。
藤田サナヱの夫であつた金高悦二は、昭和二九年に山本ヨシヱから土居林次郎振出名義の約束手形四通を担保に金二五万円ないし二七万円を借受けてその返済をしなかつたため、山本ヨシヱが金高悦二や藤田サナヱに貸金の返還請求をしていたものであり、藤田サナヱが地代として持参した金を、山本ヨシヱは右貸金の弁済金として受領しているのである。
藤田サナヱは、山本ヨシヱから金高悦二の借金の返済として受領する旨告げられてこれを承諾した後、引続き大金石油の金から金高の借金を返済したが、倉庫(本件土地)を借りていることから、大金石油の帳簿には地代の支払と記帳し、帳簿には地代の支払と記帳し、帳簿の訂正をしなかつたことが推察される。
以上のように、本件各金一二万円の支払は、その前になされた一三万六、〇〇〇円の支払と共に、金高悦二の借金の支払としてなされたものである。
山本ヨシヱの金高悦二に対する金二五万円ないし二七万円の貸金に対して金三七万六、〇〇〇円の返済がなされていることは、一見過払のように見えるが、山本ヨシヱは、金高悦二に日歩九銭か一〇銭の約束で金を貸していたもので、仮に日歩一〇銭の利息であつたとした場合、元金二五万円に対する一年間の利息は金八万一、二五〇円となる。貸付が昭和二九年で、返済がなされたのが昭和三六年以降であり、その間七年以上を経過しており、利息金だけでも金五六万八、七五〇円以上となるのであつて、利息の支払も含まれていたとすれば、決して過払にならない。
本件各金一二万円を地代とみるには支払時期も一定していない。地代であれば支払期が月末とか年末とかに一定している筈である。又、山本ヨシヱは、賃貸している他の土地の地代の領収又は通帳に領収印を押して借主に渡していたことが認められるが、本件土地については地代の領収書というようなものを出していないことも、本件各金一二万円が地代でないことの証左となる。
(三) 証拠
(1) 被控訴人
当審証人山本重治の証言を援用、
乙第一二、一三号証の成立を認め、第一四号証の一は公印のみ認めその余は不知、第一四号証の二は官署作成部分のみ認めその余は不知、当審で提出されたその余の乙号各証はいずれも不知。
(2) 控訴人
乙第一二、一三号証、第一四号証の一、二、第一五号証の一ないし四、第一六、一七号証を提出、
当審証人藤田サナヱ、同鈴木淑夫の各証言を援用、
理由
原判決請求原因1、2の事実は当事者間に争いがない。
本件各係争年度において、被控訴人に控訴人主張の配当所得があつたこと及びその当時被控訴人が控訴人主張の土地を所有していたことも当事者間に争いがない。
原審証人藤田サナヱの証言により成立の認められる乙第一ないし五号証、成立に争いのない乙第一三号証、当審証人鈴木淑夫の証言により成立の認められる乙第一四号証の一、二(公印及び官署作成部分については成立に争いがない)及び第一五号証の一ないし四、原、当審証人藤田サナヱ、原審証人森喜一、当審証人鈴木淑夫の各証言に、原審証人山本ヨシヱ、当審証人山本重治の各供述の一部を考え合せると、
(一) 株式会社大金石油商会は、昭和三三年頃から、被控訴人所有の前記土地の一部一〇〇坪位を借り受け、白灯油や重油のはいつたドラムかんの置場に使用していたこと、
(二) 右会社の代表取締役藤田サナヱは、右借受けた土地の使用料である地代として、昭和三五年には一ケ月八、〇〇〇円の割合で、昭和三六年、三七年、三八年には、いずれも一ケ月一万円の割合の金銭を被控訴人の代理人である山本ヨシヱに支払つており、右地代の額は、その頃地代として相当な額であること、
(三) 昭和三五年一一月、一二月分の一万六、〇〇〇円と昭和三六年の一月から一二月までの一二万円との合計一三万六、〇〇〇円は、昭和三六年一二月二二日に七万円と三万円、昭和三七年一月一〇日に三万六、〇〇〇円を支払い、昭和三七年の一月から一二月までの一二万円は昭和三八年四月二四日に支払い、昭和三八年の一月から一二月までの一二万円は同年一二月二七日に支払つている(手形や小切手で支払われたものは、いずれもその支払が完了している。)が、被控訴人には、昭和三七年、昭和三八年にそれぞれ一二万円づつ右地代の収入があつたものと解するのが相当であり、これらと、前記認定の配当所得の各金額をそれぞれ加算すると、必要経費の点を考えても被控訴人の昭和三七年度の総所得金額を一〇万六、三四二円とし、昭和三八年度の総所得金額を一三万一、三八九円とした控訴人の各決定には違法はないものといえること、
以上の認定、判断をすることができる。
原審証人山本ヨシヱ、当審証人山本重治、原審での被控訴人本人の各供述中右認定に反する部分は、右認定の資料と対比し採用し難く、甲第一号証の一、二、三も右認定の資料に照らし、右認定を左右するものではない。
以上の認定、判断に反する当事者双方の主張は、いずれも採用しない。
そうすると、控訴人の本件各処分に違法はなく、被控訴人の本訴請求は失当として棄却すべきものであり、これを認容した原判決は取消を免れない。
よつて民訴法第九六条、第八九条に従い、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 長瀬清澄 裁判官 岡部重信 裁判官小北陽三は転任のため署明捺印できない。裁判長裁判官 長瀬清澄)